日本人ミョヌリ日記韓国生活スタートした 2009年5月~日本移住後の 2014年3月までの 日本人ミョヌリ日記 

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〓 I LOVE YOU 사랑해 大好き 〓

   ↑  2013/01/02 (水)  カテゴリー: 日 本 生 活
「親孝行したいときには親はなし」というが、親へは反抗期が過ぎて社会に出て、
親の苦労がわかるようになった25歳くらいから、親孝行できるようになってきたが、
「ジジ孝行したいときにはジジはなし」だ。

私がジジ孝行したいと思った時には、既に、祖父は脳梗塞になって
体が不自由になり、最後の6年間はずっと寝たきりで、
ジジ孝行らしいことがあまりできなかった。

母はいつも、祖父母への親孝行は孫を連れていくことだと言っていた。

なので、反抗期でも月に数回は一緒に昼食を食べたし、
祖父が脳梗塞になってからも車椅子に乗せて外食に行ったり、
病院への面会にもよく行った。

それでも、私自ら何か祖父へしてあげたということはほとんどなく、
大人になってから唯一、祖父にしてあげたことは一度だけ、
定期健診のため脳外科へ連れて行ったことだ。

祖父と2人になることなんて、そうそうなかったし、
まだ20歳くらいだった私は祖父との会話も特になく、
待合室で祖父と無言のまま、雑誌を読んだりしながら待っていた。

あまり優しい言葉をかけたりする人ではなかった祖父がひとこと、
「こんなところつまらないでしょ。ごめんね。」と言ってくれた。

私は「別にいいよ。」くらいしか言わなかったが、
今思うと、祖父が小さい頃にしてくれた分、
もっともっと積極的に祖父へ恩返しするべきだったと思う。

なかなか日本語では口では表現ができなかったが、旦那と出会って、
オーストラリアに住んでいる時は「I LOVE YOU」、韓国に住んでからは
「サランへ」と、気軽に愛情表現を口にするようになった私。

祖父に「大好きだよ」なんて、一度も言ったことがなかったが、
海外に住むようになって、時々日本に帰ってきては、寝たきりの祖父の耳元で
「大好きだよ。長生きしてね。」と呼びかけるのが定番となった。

寝たきりで口が利けなくなった祖父だが、耳はちゃんと聞こえているよで、
まばたきしたり泣き顔になったりと、ちゃんと反応があった。

今回、私が日本に移住することになったこともわかっていて、
私が日本に戻ってくるのを待っててくれたのかな・・・なんて思う。


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FC2スレッドテーマ : 国際結婚 (ジャンル : 結婚・家庭生活

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